活動報告

為替介入の限界と政策協調のポイント

○為替介入の限界

8月4日、政府・日銀は円売り介入と金融緩和に踏み切った。サプライチェーンの復旧とともにリバウンド局面にあった日本経済にとって円高は大きな懸念材料であっただけに、当局の対応は歓迎したい。介入が大規模でかつ、金融緩和とセットという理にかなったポリシーミックスであったため、円は一時1ドル80円台まで下落したが、G7の財務相・中央銀行総裁が緊急声明を採択しても再び77円台まで押し戻された。

<font=b>○円高ではなく、ドル安、ユーロ安

効果が持続的でないのは、ドル安、ユーロ安の結果としての円高であるためだ。
米国はリーマンショック後の資産デフレの影響を引きずり、高失業状態にある。加えて、政治は債務上限枠の引き上げを巡り、世界経済を人質にとって政局に明け暮れた。土壇場で債務上限枠を引き上げに合意し、デフォルトの危機こそ回避されたものの、歳出削減による二番底懸念が生じている。加えて、格付け会社のS&Pからは、「連邦政府の債務上限引き上げをめぐる政治駆け引きは、政策立案の実効性や安定性、予見可能性が弱まっていることを示す」としてソブリン格付けを引き下げられた。S&Pによる格下げは織り込まれていたとはいえ、景気の二番底懸念と合わせて今週からのマーケットが不安定化する可能性がある。
ユーロ圏は、加盟国の対外債務問題が金融システムを揺るがしかねない状況にまで発展している。欧州首脳らは7月に、第2次ギリシャ支援計画と救済基金の強化で合意したが、各国政府での承認手続きが遅れていた。「仕組みは作ったものの・・・・」それを見透かしたマーケットは無慈悲にスペインやイタリア国債を売り浴びせる。マーケットに催促される形でECBは国債の買い入れを再開したが、事態は収まっていない。
米欧は資産デフレや、金融システム問題にも発展しかねない問題を抱えている。日本もデフレという深刻な問題は抱えているが、経常黒字を維持しているため、債務償還能力は高い。投資家からみれば円は比較的安全資産とみなされ、グローバルでの円シフトが生じやすい。もちろん、デフレで収益の上がらない日本株は積極的には買われないが、債務償還能力に懸念の少ない債券へ金が集まり円金利は下落する。
今後、米国は量的緩和第三弾に踏み切る可能性が高い。欧州はインフレ懸念に配慮しつつも、流動性を確保するために金融緩和を選択せざるを得ないだろう。今後も、ドル安・ユーロ安圧力は強まるだろう。

<font=b>○デフレという円高要因の除去のために必要な金融緩和

欧米のような構造問題を抱えていない日本円。ただでさえ上昇圧力が加わるのにデフレという国内発の円高要因を放置していることこそが問題だ。名目為替レートは長期的には物価上昇率格差に左右される。すなわち、物価上昇率の低い国の通貨は高い国に対して上昇する傾向にある。日本はデフレなので長期的に円高圧力が加わり続けているわけだ。
ここ数か月、エネルギー価格の上昇も手伝って、消費者物価は前年水準を上回ってきているが、コストプッシュインフレは将来のデフレ要因になる。加えて消費者物価指数は8月の基準改定でより実態に近い数字に下方修正される。その時、日本のデフレの状況を改めて数字で確認することになるが、これは、マーケットでは常識である。
今回の円高対応策で日銀は政府と連携する形で資産買入れ枠を10兆円積み増し、一段の金融緩和に踏み切ったが、20兆円規模の需給ギャップを埋めるには力不足である。円売り介入は日本の意思表示として重要だが、協調介入の環境が整わない状況では、円高対応の主役は金融緩和であるべきだろう。
先に述べたように欧米では金融緩和に踏み切る可能性が高い。欧米は金融緩和を進める中で、既にあるインフレと闘わなければならないが、日本はデフレから脱却し、物価の安定状況に達するまではそうした懸念が少ない。むしろ、日本にとって金融緩和は円高とデフレを解消するための特効薬だ。

<font=b>○円高・デフレとの戦いに必要な政治の指導力

円高の緩和、脱デフレのために金融緩和は重要である。今こそ日銀の出番である。しかし、大量の金融緩和で脱デフレを実現したとしても中長期的な潜在成長率の上昇や、財政再建の道筋が見えなければ、将来のハイパーインフレの懸念がある。それを理由に日銀は大胆な金融緩和には踏み切れないだろう。小出しの政策が続く限り、投機筋やデフレとの戦いには勝利できない。今必要なのは、政治のリーダシップによって①金融緩和主導の物価安定、②成長戦略、③中長期の財政再建、についての政策協定を政府・日銀で締結し、一気呵成に円高・デフレと闘うことだ。

<font=b>○政策協調のポイント  世界の常識から逸脱しないこと

1.物価の安定の定義は、世界の常識と日本の現状に鑑みて1-2%の物価上昇率。それを少なくとも3年以内に達成する。財政は震災復旧に加え、エネルギーの安定供給の確保等のワイズスペンディングに限定して発動する。金融緩和と財政出動の割合は要協議。

2.成長戦略は、各種規制改革、貿易自由化の推進、イノベーションの推進等で3-4%の成長を目指す。国際的な競争にも打ち勝てる柔軟で競争促進的な経済メカニズムを構築すること、一方で、地域社会や家庭には過酷な経済メカニズムの結果が波及しないようなセーフティネットを兼ね備えたフレキシュリティ(柔軟性と安心)を推進すること。

3.財政再建にあたっては次の世界の常識を厳守すること。
①財政再建成功の黄金律は歳出削減7に対して増税3、
②歳出削減の中心は社会保障の改革と公務員人件費の削減。
③経済成長なくして財政再建なし。デフレ下で増税し、財政再建に成功した例はない。
世界の常識に即した財政再建は、小泉政権の後半に日本でも実行され、プライマリーバランス黒字化一歩手前まで達した。骨太2006は典型的な成功例。一方、経済状況を無視した橋本政権での増税は世界の常識を逸脱した結果生じた典型的な失敗例。
現在の民主党政権での財政政策は、成長戦略や歳出改革などを放棄した増税路線が色濃い。いわば、世界の常識を無視して「増税に逃げ込む」戦略であり、失敗する可能性が高い。
一方、超高齢社会に伴う歳出増という現実を無視した頑なな増税拒否の姿勢は将来世代へのツケの先送りとして大問題。ポイントは毎年増加する数兆円規模の医療・社会保障関連費を、効率化や制度改革によって抑制すること。税金一円当たりの効用を高めることを条件に国民に増税をお願いする姿勢が重要。
世界の常識と政治の智慧で「増税に逃げ込まず」、「増税から逃げず」の姿勢が重要。

<font=b>○人災を避けよ

金融システム不安につながりかねないような構造問題を抱えていない日本は政策協調の中で金融緩和が進めば、円高・デフレを克服できる。その可能性はひとえに政治家の指導力とそれを応援する国民の覚悟にかかっている。一方、チャンスを逃せば、直ちにとは言わないが、「経常赤字、財政赤字、低成長、公務員天国」のギリシャで生じている状況に近づく。
菅政権の震災対応、米国での世界経済を人質にとった政局、欧州での金融対応の遅れなど、世界中で政治の劣化が無辜の民の生命、財産を危機に陥れている。人災が続いているのだ。円高・デフレ対応では人災の連鎖を断ち切るためにも、新の政治主導を発揮できる政権の体制を一日も早く確立することだ。