活動報告

欧州債務危機から学ぶもの

景気は持ち直しの動きが続いているが、欧州債務危機に留意した経済運営が肝要

日本銀行が、15日に公表\した全国企業短期経済観測調査(短観)は、減速する世界経済と自粛ムードが和らぐなか堅調な内需との綱引きになっている姿を浮き彫りにしている。これから復旧・復興がようやく本格化、復興需要も期待できる。ただし、世界経済の影響がどの程度あるのか、明確に見通すことはできない。

特に、欧州債務危機克服の道のりは厳しく、警戒モードは続く。今月は、危機打開に向けて、欧州中央銀行(ECB)理事会、EU圏首脳会議など重要な会合が開催された。しかし、踏み込んだ合意や政策は見送られたことで、米国の格付け会社は欧州各国の国債格付けに踏み切ることを検討している。格付けが現実になれば市場はどういう反応を示すのか、年明けも目を離すことができない。

経済協力開発機構\(OECD)は、11月28日、日米欧などの経済見通しを発表\したが、欧州債務危機が深刻化した場合には日米欧ともに2012年はマイナス成長になるとの見方を示した。

また、日銀の展望レポートによれば少なくとも2013年度まではデフレから脱却できず、物価の安定は実現できない。当面は、欧州債務危機など景気のダウンサイドリスクを意識し、早期の物価の安定を目指す経済運営の危機管理が肝要。

金利上昇と財政悪化の悪循環を断ち切れるか

欧州の債務危機は、2009年に発生したギリシャ危機に始まり、その後アイルランドやポルトガルに波及。足元ではイタリアやスペインなど大国への懸念も高まっている。

イタリアの長期金利は一時7%を上回る状況が続いた。ギリシャ、アイルランド、ポルトガルなど、長期金利が7%を超えた国は例外なく支援要請に至っている。イタリアは単年度財政赤字はPIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)の中でも小さい。また、国有資産の売却や年金支給開始年齢の引き上げや増税など、財政再建に向けた取り組みも発表\されている。ただし、債務残高の水準自体が高く、ベルルスコーニ前政権の求心力が低下したことが重なり、金融市場において破たん
予\備軍として連想され、長期金利が7%を上回ったわけだ。

恐ろしいのは、経済ファンダメンタルズには大きな変化がなくとも、政治
の信認が低下し、金融市場で疑心暗鬼が強まり、結果として金利が上昇してしまえば、今後の資金調達が困難になるばかりでなく利払い負担が増す。また、経済活動の抑制を通じて財政再建はより遠のくことになる。つまり、危機管理能\力を示すことができず、金融市場の信認を失えば、金利上昇と財政悪化の悪循環に陥る。イタリアはこの悪循環に追い込まれつつある。

そこで、モンティ新政権は、新しい財政再建策を当初の予\定よりも早く12月4日閣議決定した。3年間で増税と歳出削減で総額3000億ユーロ(3兆1000億円)を捻出し、約200億ユーロを財政再建に100億ユーロを経済対策に充てるもので、議会の承認を得て実行できるかが今後の焦点になる。

大きすぎてつぶせないが、戦力の逐次投入続く

イタリアが債務不履行に追い込まれれば、ユーロ圏のみならず世界の金融システムは深刻な影響を受ける。これまでの小国とは異なり、「大きくて潰せない」が本音だろう。ただでさえ、欧州の銀行はドル資金の調達に苦慮し、11月30日には、銀行間でお金をやり取りする市場から、ドル資金の貸し手が消え金融市場の緊張が高まった。日米欧の中央銀行が協調してドルの流動性を供給し、流動性に対する不安は緩和したが、これは日銀が認めるように時間稼ぎの政策にすぎない。

そもそも10月のユーロ圏首脳会議では、欧州金融安定基金(EFSF)の規模拡大などによる資金繰り支援策、財政改善目標の具体化、銀行の資本増強策など、政策パッケージを決定した。EFSFは現状4400億ユーロの資金を準備し、さらに1兆ユーロ(105兆円)まで危機対応力を積み上げる計画であった。11月29日のユーロ圏財務相会合では、各国の国債を買う新たな基金を創設することに正式に合意したが、議長のユンケル・ルクセンブルク首相が「1兆ユーロには届かないだろう」と認めたように、欧州基金拡充の規模などを決めることができなかった。これでは、イタリア、スペインの債務残高は2.5兆ユーロに達しており、現段階での資金規模では市場を安定化させるには力不足だと言わざるを得ない。

PIIGS諸国の国債の有力な買い手が見当たらない中、最後の貸し手であるECBに期待する欧州首脳もいるが、ECBは、価格下落のリスクのある国債を中央銀行が大量に購入すると、①通貨ユーロの信認低下、②物価上昇圧力から慎重姿勢を崩していない。そこで、IMFへの融資案が浮上している。さらにユーロ共同債構\想も、①ドイツの反対や、②モラルハザードの懸念から実現には時間がかかりそうだ。欧州では燃えさかる火を眼前に、焼け跡のことに思いを巡らせて議論していて、本質的な危機管理に踏み込めていない。日本の不良債権処理の初期の段階に見られた戦力の逐次投入による事態の深刻化が懸念される。

欧州危機から学ぶもの

欧州債務危機から学ぶことは、増税の必要性ではない。財政赤字と債務を確実にコントロールすることだ。増税に依存した財政再建という財務省的なストーリーが成功しないことは、1997年の橋本増税の失敗で実証済みだ。政権交代後、単年度で約20兆円以上も財政赤字が拡大したのは、景気の低迷による税収不足と、ばらまきによる歳出拡大に原因がある。したがって歴史的な円高を放置するのではなく、その背景にあるデフレを克服し、歳出の優先順位をしっかりつけることが、今財政再建で重点を置いて取り組むべきことだ。

そして、日本は経常黒字国であり、最大の債権国であるという現状を踏まえれば、むしろ、欧州から学ぶべきことは、経済や政策の柔軟性がないことの悲劇と、歳出構\造や経済構\造の改革のすすめであろう。

第一に、欧州は所得格差がある国同士が共通通貨や共通の金融政策で結びついた時から悲劇が始まっている。資金移動が急激に起こったり、経済環境が変動すれば、金融政策を発動したり、為替の調整メカニズムが起動することで不均衡是正に向けた動きが始まる。ユーロ圏における悲劇は、為替レートや金利という「経済の不均衡を是正する」ツールを失ったときに決まっていた宿命でもある。ユーロの前身であるERMが発足したのは1979年。その当時からすでにPIIGSという言葉は使われていて、欧州債務危機は半ば予\言されていたのだ。

不均衡是正を放置することは、さまざまな弊害をもたらす。それはツールを失ったユーロと、必要なときに政策を発動しない日本とは状況は違うともいえるが、結果は似通うことがある。たとえば、10月の日銀の展望レポートでは、2013年になっても物価の安定は達成しないと述べている。おそらくデフレ、もしくはディスインフレ環境下で少なくとも2年は円高や必要以上のストレスに日本経済はさらされ続けることになる。政策手段を保持しながら発動しない日本は、政策手段を奪われて立ち往生するPIIGSと同じだということを政策当局者は認識すべきだ。また中長期的には、停滞している構\造改革に取り組むことによって社会の柔軟性を高めることもきわめて重要となる。

第二に、PIIGS諸国は大量に外国資本を受け入れていた。そのこと自体が悪いわけではない。問題なのは、外国資本を受け入れ続けてもなお、生産性が改善せず、稼ぐ力が回復しなかったことにある。我が国の場合、復興のために将来世代から借金してお金を使うことは悪くはない。しかし、インフラを再興するにしても、将来世代にとっても有益でかつ地域の活力を取り戻す復興プランがなければ、債務を償還する能\力が失われることになる。

今までと同じ視点や構\造で税金をばらまくのではなく、「ジャパン・シンドローム」といわれる政治・経済の機能\不全から脱却して、日本再生の構\想のもとに経済財政運営の基本方針を示し、歳出構\造を変えることが求められている。欧州債務危機の本質を理解せず、増税の是非だけを問う経済運営はあまりにもなさけない。