昨年11月18日の衆議院内閣委員会。自民党の議員が、当時の菅科学技術担当大臣に「クラウドコンピューティング、御存じですか」と質問した。その答弁は「ぜひまた調べてみたいと思います」。つまり、知らないということだ。好き嫌いはともかくとして、ITに関わっている人間であれば、必ず知っている言葉であろう。
この例が示すように、鳩山政権にはIT政策を議論できる人材は皆無である。少なくとも自民党では、政調会長が委員長を兼務するe-Japan特命委員会で、政策に通じた中堅・若手議員が集い、省庁に横串を通す検討を行ってきた。世界最高水準のブロードバンド環境を実現するなど、政治家が意思決定し、官僚が実施するという構図が出来ていた。民主党にはそうした組織は無く、政治主導という看板だけは掲げているが、各省庁の政務三役が自らの縦割りの範囲で検討を行っているのが現状である。実際には、一部の政務官のみがITに関心を持っているだけと聞いている。違いは鮮明だ。
現在、4月頃のとりまとめに向けて、鳩山政権における初のIT戦略が議論されている。3月17日の日本経済新聞一面にその骨格が報道されたが、コンテンツの二次利用、グリーンIT、地域連携医療、行政サービスの「見える化」とどこかで見たような単語が並ぶ。自民党時代のIT戦略の一部を削いだだけで、目新しいものは何も無いという状態である。
IT戦略が無くても、即座に実害が出るものではない。しかし、IT政策への意識の低さは、実害に繋がる。その実例が年金システムの運営だ。年間1,000億円以上の予算を投入する、日本で最大のシステムの一つである。鳩山政権の誕生後、その見直しが完全にストップした。年金システムは、古いものは昭和39年から稼動しており、ハードウェアを継ぎ足して、騙し騙し使ってきた。利用限界が近づいており、突然データが壊れる可能性も否定できず、新たな年金記録問題となりかねない。
そこで、私達はシステムを全面的に見直し、年金記録問題の再発防止策を加え、昨年には刷新計画を改訂した。しかし、政権交代後、動きが止まっている。最近、長妻大臣は年金制度の見直しに言及し始めたが、業務の要であるシステム運用には関心が無いようだ。このままだと年金システム破綻へのカウントダウンが進むことになる。しかも数年後には、1,000億円以上の費用をかけて、問題を抱えた現行のソフトウェアのままハードウェアだけを変えるという、あきれた事態になる。
一方、鳩山総理は、昨年末にハトミミ.comを立ち上げ、年明けからはtwitterを開始するなど、ITツールの活用に積極的だ。特に後者は1月末時点で25万人以上がフォローし、200万人以上が登録した「小泉内閣メールマガジン」以来となる、大きな反響を得たと言える。
局所的にはIT政策への意識が見られる鳩山内閣。点で終わらせずに、面へと展開できるか。その真価が問われるのは、納税者番号、社会保障番号の議論であろう。申請の負担軽減や行政の効率化のために、データ連携を実現するだけでは足りない。制度改革に踏み込むことができるか。社会保障個人会計を作り、個人単位で給付と負担を明らかにすること、個人のライフスタイルにあったかたちで年金・医療・介護サービスのベストミックスの選択を可能にすることなど、そろそろ生活者の立場に立った具体的な成果を出してもらいたい。