活動報告

改革に値しない「一体改革」に命運をかけた野田政権の行方

■消費税国会は3,6,9政局に

通常国会が1月24日から開会し、予算委員会もスタートした。国難を打開し、日本復活の年にふさわしい意義ある国会になることを願うばかりだ。最大の争点は、野田佳彦首相が「不退転の決意」でのぞむ消費税法案の成否にある。これに対し、最大野党自民党の谷垣総裁は「国民との約束を破った民主党は信を問い直せ」と解散要求を前面に出し対決姿勢を強めている。会期末の6月21日に向け、与野党攻防が激化するのは必至で、衆議院の解散総選挙含みの展開になりうる。今年の政局は解散や総辞職の時期をとらえて「3,6,9政局」ともいわれている。つまり3月の来年度予算案の攻防、6月の首相問責決議、9月の民主党代表任期切れに野田政権は危機を迎えると予想されているのだ。

■政権運営の3つの要諦

小泉政権後“1年首相”はすでに5人。野田さんも6人目となるのか。本格政権として成果を出すために、私は少なくとも以下の3点に留意した政権運営が必要だと考えている。第一は、戦略的アジェンダの設定。第二は、首相の大権である人事権と解散権を活用した政府・与党の掌握、第三は、官邸を中心とした霞が関に対する指示命令系統の確立である。

野田内閣の支持率は、発足4カ月足らずにも関わらず顕著な右肩下がりの直線を描いており、自民党政権末期の様相と重なってきていた。事態を打開する戦略をたてたか、首相は1月4日の年頭記者会見で「ネバーネバーネバーネバーギブアップ」と社会保障と税の一体改革に不退転の決意を表した。野田政権の政権課題の多くが前政権からの継続案件であったため、ここで社会保障と税の一体改革を政権の重要政策と位置づけることで、野田カラーを明確にした格好だ。

続いて1月13日には人事権を行使して内閣改造に踏み切った。政権当初から熱望した岡田克也元代表を副総理に迎え入れ、小泉政権の竹中平蔵氏と重ね合わせるように改革の司令塔に位置づけた。また、いままで「解散はまったく考えておりません」と封印していた解散権も「やりぬくべきことをやって民意を問う」と党大会(1月16日)で明言した。

こうした首相の動きは、官邸主導の政権運営を軌道に乗せるための反転攻勢ともみえる。しかし、その中身については首をかしげざるを得ない。まず、内閣改造についてだ。輿石幹事長に主導された防衛相人事は失敗ではないか。就任直後から発言が迷走し、沖縄県知事との会談でも官僚の紙を読んでいる始末。1月31日の衆参予算委員会では答弁に詰まったり、発言を訂正したりで国会審議の火種となってしまっている。早速自らの任命責任に直結するリスクを背負いこんでしまった。

司令塔の確立にも課題がある。官邸の指示命令系統に、どのように岡田副総理を位置づけるのか。霞が関を動かし、与党をまとめ、野党と交渉・対峙するにあたって、官房長官との明確な役割分担ができているようにみえない。ここをしっかり整理しないと、司令塔どころか、新たな官邸の混乱要因にしかならないおそれがある。

■改革に値しない「一体改革」

そして私が最も危ういと感じるのは、野田首相が誤ったアジェンダを設定してしまったことだ。政府の「社会保障と税の一体改革」には少なくとも以下の5つの問題がある。
まず、この”改革”は、ばらまきの後始末にすぎない。以下のグラフに明らかな通り、国の歳出規模は、政権交代前に比べて15兆円も水膨れしている。これは、自公政権の歳出に財源の手当てもなく民主党の施策を上乗せしてしまったからだ。復興費用と社会保障の伸びを差し引いても、10兆円(消費税4%相当)は切りこめる。一方、リーマンショック後、税収は10兆円落ち込んだ。ここに、危機的な財政状況に陥った原因がある。バラマキで水膨れしている歳出を切り詰めることなく、またデフレを放置したままでは、マニフェスト総崩れのツケを増税で国民に回すだけのことだ。「社会保障のために増税を」といくら力説しても、説得力はない。

政府の一般会計の予算額(2010年度までは補正予算を含む公式の決算額、2011年度は当初予算と補正予算の合計額、2012年度は当初予算に復興特別会計と年金国庫負担の交付国債を加えた額)と税収(2012年度は税収見積もり(復興特別税収分を含む))の推移

2つ目は、“一体改革”の中身が社会保障の抜本改革に値しないことだ。23日、安住財務相と会談した経済同友会の長谷川代表幹事が指摘した通りである。つまり5%の増税分のうち社会保障の機能強化に充当されるのは1%で、残り4%は財政赤字解消のために使われる内容にすぎない。これを「安定化」と言い繕ってみても社会保障改革としては内容がなさすぎる。これでは地域医療や介護の立て直し、子育て支援の強化など急速に進む少子高齢化対応としてはまったく力不足だ。

第3は、少子高齢化の影響で財政的に一番厳しい時期である2025年を乗り越えていく社会保障の姿を提示していないことだ。必要な財源も社会保障の全体設計もない。つまりこれからの日本の社会保障のあるべき姿を明らかにせず、目先の対応でお茶を濁しているにすぎない。これではいつまで増税が続くかもわからず、どのような改革をするのかも見えず、国民の不安はかえって拡大することになる。

4点目は、一体改革の内容を民主党内で消化できていないことだ。そもそもこの一体改革は与謝野さんが立案したものだ。与謝野さんの狙いは、財源のはっきりしないバラマキ政策に財政的な規律をつけることだった。したがって民主党マニフェストの最大の目玉だった最低保障年金の創設や社会保障にかかわる公約は跡形もなくなった。「バラマキ民主党のマニフェストを解体した」と自負する官僚もいる。こうした経緯でまとめられた”一体改革”だから、政権公約の目玉政策である年金制度の試算を公表できない。公表すれば、さらに7%の消費税増税の姿が明らかになるからだ。

■財政を逆に悪化させるデフレ下の増税

第5は、デフレ下の増税であることだ。97年の橋本増税と同じ過ちを繰り返してはいけない。当時、国の税収は53.9兆円だったが、増税したにも関わらず、98年以降、一度も97年の税収を上回っていない。しかも、景気失速を防ぐためにその後3年間で100兆円の国債を発行して、借金の残高を一気に積み上げてしまった。現在の円高デフレ不況下で増税が先行すれば、デフレ圧力がかかり経済が失速する。経済の再生なくして財政再建はない。

野田首相は残念ながら、こうした欠陥”改革”を自らの内閣の戦略的アジェンダと打ち出してしまった。そして施政方針演説で福田・麻生元首相の演説を引用し、消費税増税協議を呼びかけたが、欠陥商品と同列に扱われた両元首相は不快感を示し、かえって自民党を硬化させることになった。首相は早く欠陥に気付き、政権運営を軌道修正しなければ、早晩行き詰まることになる。

■2012年綱渡りの政権運営

通常国会の第一のハードルは新年度予算を成立させることだ。4次補正の審議もあって、来年度予算の年度内成立はスケジュール的にかなり制約がある。ねじれ国会の中で、最初のハードルが歳入関連法案(赤字国債を発行する特例公債法案と年金財源に充てる交付国債法案)だ。新年度予算の財源を確保する重要法案である。政権側は予算案と同時並行で審議、成立を目指すが、容易ではない。憲法で衆院の優越が認められている予算案と違い、歳入法案は参院で可決されることが求められる。昨年は、菅前首相が自らの辞任と引き換えに特例公債法案の成立をはかった。

また野田首相は最大の焦点となる消費税増税法案を3月末までに提出すると明言している。しかし歳入関連法案の扱いをめぐって野党の姿勢が強硬になれば、消費税増税法案の行方はまったく不透明になる。数の力で衆議院で可決しても、参議院では否決されるだろう。衆議院の2/3の数で再可決される道も残されるが、民主党内には「消費税増税は背信行為」と野田首相と対決姿勢を強める小沢一郎元代表をはじめ、反増税派の議員が少なからずいる。再可決の強行に失敗すれば、党内分裂の状況になり野田首相は衆議院解散総選挙か、内閣総辞職のぎりぎりの選択に追い込まれる。野党からの内閣不信任案、問責決議案の提出も予想され、大荒れの国会になるだろう。年度末予算の成立を巡る3月、消費税法案の成否を巡る6月、民主・自民とも代表総裁任期の切れる9月と解散含みの政局の山が間断なく襲ってくる。

■野田首相は「大局を見据えた」政権運営の見直しを

一体改革とは「民主党政権が歳出をコントロールできず経済財政運営に失敗した結果、財政に空いた大きな穴を社会保障を口実に埋めるという構図」に過ぎない。これに協力してといわれても、野党との接点は見つからない。改革に値しない社会保障と税の一体改革の欠陥を早く修正し、「大局を見据えた」政権運営を野田首相に期待したい。