原点

納税者の視点になった政治は私の原点です。
現地、現場に学び皆様の思いを政策に変えてきました。

学生時代、母を難病で亡くし、福祉政策の重要性を感じて、 松下政経塾の門を叩きました。生計のために、自ら飲食店を営んできました。 納税者の視点に立った政治は、私の原点です。 だからこそ、現場を大切にし皆様の思いを政策に変える。 これこそが改革のエネルギーです。


福祉への想い

福祉への想い

生い立ちから政治を志すまで

少年〜青年時代

多摩川の河原でボールを追いかける野球少年。小中と一貫して野球に打ち込む。高校では甲子園を夢見て野球部に入部するも、直後に母親が病に倒れる。看病のために退部。多くの人に支えられたが、3年後に母を失い、医療や福祉政策の大切さと制度の矛盾に向き合う。社会に役立つ人生を考えて松下政経塾の門をたたく(5期生)。

志を固める

実現力を学ぶ

政治への志を固めた5年間

松下政経塾

「政治を正さなければ、日本は良くならない」という松下幸之助の教えに直接受ける。理想の国家経営はどうあるべきか、各自仮説を立て、現場での体験を重ね、仲間たちと研鑽をつみながら自得していく「自修自得」「現地現場」「切磋琢磨」を研修の基本方針とする中で学ぶ。

税金を使うということ

税金を使うということ

経営の視点からの政治を学ぶため留学

カリフォルニア州立大学院

カリフォルニア州立大学院に留学するだけでなく、市役所での研修の機会を得て、プロの行政官(シティ・マネージャー)が経営の視点で地方政府をリードする姿に触れる。税金の使いみちに敏感な米国民の意識の高さが民主主義を支えていることを痛感する。その後、ワシントンDCに移り、米国議会で激しい日米経済摩擦の中、国際政治の現実を目のあたりにする。

生活者の視点

生活者としての想い

お客様の信頼を得ることの大切さを実感

夫婦で町のピザ店をはじめる

中古機材をかき集めてなんとか開店。生まれたばかりの長男を背負い、資金繰りに追われながら毎日ピザを焼く。「政治を志すなら生活費ぐらい自分で稼ぎなさい」との師・松下幸之助の教えに従った。物を売ることの大変さ、お客様の信頼を得ることの大切さを肌身で実感。この経験が政策づくりの土台になっている。

政策に変えること

政策に変えること

実行の時

初当選

当選して、まず議員立法として被爆者援護法に取り組むことからスタート。エンゼル税制導入、中小企業政策の充実、環境問題への取り組み、ブロードバンド戦略の実行、金融再生や財政再建、社会保障制度改革など、やりたかった政策、やらねばならない政策を次々にかたちにした。しかし、志は、いまだ道半ばです。

新たな原点

新たな原点

現場に立ち返る

新たな原点

議席を失って3年。ピザ屋や大学の教員で生計を立て、ひたすら地域を歩いてきました。民主党政権の3年間、低迷する経済、基地問題・領土問題での政治の不手際、震災への対応で見えた能力不足に対する懸念、不安、碇の声を地元や被災地などで伺ってきました。なんとしてももう一度国政に戻り、日本の政治を立て直したい。どんなに難しい課題に対しても正面から取り組み、日本の課題解決に挑戦したい。この3年間が私の新たな原点です。

松下幸之助と私

松下幸之助
松下政経塾時代、草の根民主主義を強く反映するアメリカの地方行政を学ぶため、1年間の留学をしました。米国の地方自治体は、権限や財源が相当部分、国から委譲されています。そのかわり運営を失敗すると責任が問われるのです。「税金は一円でも安く、しかし行政サービスはより高く」これを最大の福祉だと捉え、日々検証し改善を行います。この点が日本の自治体運営と最も異なっていました。松下幸之助塾主にこのことを報告しましたところ「米国の自治体はえらいもんや。学ぶところがたくさんある。今日はいい話を聞かせてもらった。」と大いに喜ばれました。このときの名状しがたい笑顔が今でも忘れられません。 「国家の運営を担うものは、一円の税金の重みを知れ。」それが松下幸之助塾主の政治への注文だと思うのです。一円の税金の重みを知り、無駄をとことん省き、効果が最大化するように常に考え続ける。国民に増税を押し付ける事なく運営を行う。「一円の税金の重み」は納税者としての視点から国家経営を見据えていく、私自身の政治活動の原点として深く心に刻み込まれています。