活動報告

政策は、「受動的反応」ではない!

■当局の円高・デフレ対応は「政策」ではなく「受動的反応」

円高・デフレに対する政策当局の対応が批判されている。

政府の対応は、25兆円のデフレギャップに1兆円に満たない予備費で立ち向かう、まさに「焼け石に水」の反応であり、マーケットのデフレ懸念を和らげることが出来なかった。

日銀の「新型オペの拡大」も、マーケットに追い込まれた後の対応であり、効果はほとんどなかった。そればかりか、市場の期待を裏切ったことで円高は加速した。

当局の一連の対応は、「政策」ではなく、「受動的な反応」に過ぎなかった。受動的な反応とは、実力があるのに勉強しない子どもと同じだ。すなわち、親から勉強を強いられ、いやいや中途半端に勉強する。そして、親の期待を下回る結果しか得ることが出来ない。親はがっかりし、子どもに小言を言い続ける。このような、受動的な反応を続ける限り、金融市場は容赦ない行動(たとえば、より一層の円高)をとる可能性がある。

「政策」とは、人々や市場の期待を変えるものでなければいけない。たとえば、円高で経済の先行きに対する不安が広がりつつあるとき、「注視する」という言葉だけでなく、財務大臣が、「ファンダメンタルズを反映しない為替変動は国益にかなわない」と円売り介入を指示する。日銀は「円高がデフレを加速するリスクを和らげるために、介入資金を非不胎化する」と発表すれば、世界の金融市場は当局の本気度を感じ、「単独介入では効果がない」と安穏とはしていられない。期待は円高から円安に向かおう。なぜなら、自国の通貨を下落させようとする意思さえあれば、無制限に自国通貨売り介入が出来るからだ。同時に、政権が「中長期の財政再建の具体策と成長期待を高める改革政策」を発表できれば、「デフレ脱却と長期の期待成長率の高まり」を材料視する可能性もある。

政策当局には、「反応」でなく「政策」が求められる。

■ようやくダウンサイドリスクへの配慮を示した日銀

景気のダウンサイドリスクの認識が不十分であったことも問題である。とりわけ、日本銀行は「輸出主導の回復シナリオ」に拘泥していた(政府は、これまでも輸出の減速や国際金融資本の変動、デフレの影響など、景気のダウンサイドリスクを懸念していた。また、先週末公表された9月の月例経済報告では、景気について、これまでの「着実に持ち直してきている」から「引き続き持ち直している」と判断を後退させた。また、自律的な回復に向けた動きについても、「基盤が整いつつある」から「環境の厳しさは増している」と判断を慎重化させている)。

日本銀行は9月の金融経済月報で、実体経済のダウンサイドリスクへの配慮をようやく強めた。景気の現状については、「緩やかに回復しつつある」としているが、8月の「海外経済の改善を起点として、」という表現を削除した。これは米国経済の減速リスク、円高の悪影響に配慮したものだ。

先行きについても、「緩やかに回復していくと考えられる」とのスタンスは継続したものの、「改善の動きが一時的に弱まるものの」という表現を加えた。輸出主導の回復のシナリオについて、中長期的には維持するものの、短期的には「その力が弱まる」ことを認めたことになる。同時に、景気の踊り場入りを想定しているといっても良いだろう。

白川総裁は9月7日の会見で、「(円高に関して)輸出関連の企業、特に中小企業が大きな影響を受けている」とし、「経済の下振れリスクにより注意をする必要がある」とダウンサイドリスクへの対応重視の姿勢を打ち出した。「ダウンサイドリスク」、「踊り場入り」への認識を示したこと自体は評価したいが、あまりにも遅かった。

今必要なことは、「デフレ下で踊り場入りすることは、デフレがさらに悪化してしまう」という認識。「デフレという死に至る病を克服するまでは、潜在成長率を上回る成長が必要」で、そのためには躊躇なく「金融緩和、政策の総動員」を行うという決意で望まなければならない。インフレターゲットを導入できれば、政策当局の正しい認識が明確になる。

■ポジティブサプライズ!
だが、現実は“景気減速”“国内投資の回避”

7月の経済指標は鉱工業生産や、機械受注など、ポジティブサプライズが多かった。7月の鉱工業生産は前月比+0.3%と市場予想(▲0.5%)を上回った。企業の予測指数どおりで推移すれば、7-9月は前期比+0.7%と6四半期連続のプラスとなるが、4-6月(+1.5%)からは減速する。加えて、①米国経済の減速に伴って対米輸出が失速し、輸出の勢いが一層弱まる可能性、②エコカー補助金の期限切れに伴い、10-12月以降に自動車生産が失速する恐れ、③家電などでは在庫の積み上がりが見られること、などから10-12月に、生産が減産に転じるリスクが高い。

また、国民の不安も強まっている。8月の景気ウォッチャー調査(いわゆる街角判断)の現状判断DIは45.1と前月から4.7ポイント急落。先行き判断も40.0%と前月から6.6%も悪化している。猛暑に伴う秋冬物の出遅れ、エコカー補助金の終了の悪影響、円高の悪影響、タバコ税増税などを理由とするマインドの悪化が進んでおり、10-12月以降の景気減速を示唆する内容になっている。

7月の機械受注(船舶・電力を除く民需)も前月比+8.8%と市場予想を大幅に上回り、設備投資の底離れを印象付けた。日銀は、「企業収益が改善基調にあるもとで、設備投資は、徐々に持ち直しの動きがはっきりしていくと見られる。」としたが、重要なことは、現在の設備投資額はキャッシュフローの範囲内にとどまっているどころか、減価償却費をも下回っていることである。いくら収益が改善しても、企業は投資には慎重なのだ。

企業は「国内には利益を再投資する余地が少ない」といっているようなもので、このままでは、国内の生産能力は縮小してしまう。日銀も、「設備過剰感が残ることなどから、当面、その(回復)ペースは緩やかなものにとどまる可能性が高い。」と指摘している。

企業が国内投資に消極的なのは、過去の過剰投資があるだけでなく、①円高・デフレを放置する国に投資するリスク、②改革後退による成長基盤強化が遅れるリスク、③割高な法人税などグローバルな競争上での不利益―などを感じているからだろう。とりわけ、①は政府・日銀の失策が原因であり、当局は「受動的反応」にとどまるべきではない。

■米国 ~過度な悲観論は後退~

「踊り場」、「減速」の後に、再び景気が浮上するかどうかは米国経済の行方によるところが大きい。白川総裁は、米国経済について「減速すれども、後退せず」と述べた。8月の米地区連銀経済報告書でも「住宅市場を除いては、自然な減速」との評価である。

8月の非農業部門雇用者数は前月比▲5.4万人、民間雇用者数が同+6.7万人とポジティブ
サプライズ。景気の二番底懸念はひとまず遠のいた。しかし、失業率は9.6%と高水準であり、数万人程度の回復力は弱々しい。8月の非製造業のISM指数(米国における日銀短観のような企業の景況調査)の雇用判断指数は大幅に悪化し、米国の雇用市場の先行きの厳しさは覚悟しておいたほうが良さそうだ。

オバマ大統領は、インフラ投資、R&D投資減税、設備投資減税など、いくつかの景気刺激案を発表した。議会の承認は難しい情勢だが、たとえ承認されたとしてもGDP押し上げ効果はせいぜい0.2~0.4%に過ぎず、予定される歳出削減、増税に相殺される可能性が高いとの見方が多い。

米国経済のリセッション懸念は一旦、遠のいたが、雇用に脆弱さを抱えているうえ、米国経済の再生にとってはドル安による輸出の回復は極めて重要になっている。米国は為替の協調介入は受け入れがたいと思われる。

■増税しても使い道を間違えなければ景気にはプラス?

菅総理のブレーンの小野教授の政策提言は、マクロ経済の均衡予算乗数理論(増税と同額、政府支出を拡大すれば、GDPは政府支出の分だけ大きくなる)に基づいたものであり、理論的に間違っているとはいえない。

ただし、①民間の仕事を奪わないか(クラウディングアウト)、②円高によって海外に需要が逃げないか、③増税による消費者の消費性向が落ちないか?、④経済が拡大再生産に向かうかなど、慎重に検証する必要がある。

■「雇用!雇用!雇用!」重要なのは規制改革

民主党代表選挙で菅総理は、「雇用!雇用!雇用!」と雇用の重要性を指摘している。

失業は、自己実現する場がないということで人間にとっては非常に厳しい状況である。経済的には、人的資源の遊休を意味し、デフレ圧力を招く。また、国民の不安心理の高まりを通じてもデフレを加速する。雇用を増やすことについて異論を唱える人はいないだろう。

政府は、10日の経済対策で、9000億円の予備費を使って20万人の雇用増を目指すとしている。経済効果はGDP比+0.3%とか。しかし、7月の完全失業者は341万人、4-6月のGDPギャップ25兆円に対して焼け石に水で、「政策」に値するとはいえない。雇用問題を解決したいのなら、デフレ脱却するしかない。

量の問題に加え、雇用政策には規制改革が重要だ。日本の労働市場は柔軟性に欠き、産業構造の変化についていけない。加えて、雇用調整が若年層の就業抑制にしわ寄せる形で進む(いわゆる、インサイダー・アウトサーダー問題)。若年の失業の長期化は人的資源の劣化を招き、長期的な潜在成長の抑制原因にもなりかねない。既卒者の新卒者並み扱いを公表したが、それは、限られたパイをめぐる若年層の競争を激化させるだけだ。「雇用!雇用!雇用!」のためには労働市場の規制改革抜きには始まらないはずだ。