伊藤達也がメディアに登場しました!

デジタル通貨の技術標準を国際協調で構築せよ

中央銀行の発行するデジタル通貨について、日本でも、6月中に検討会が始まります。

「【独自】「デジタル円」導入へ、3メガ銀と通信大手などが検討会」読売新聞(20020/6/3)

 

デジタル通貨について、『週刊 金融財政事情』(2020/3/9号)にインタビュー記事が掲載されています。(雑誌社に了解を頂き転載します)

「デジタル通貨の技術標準を国際協調で構築せよ」

 

中国が検討しているデジタル人民元は、現金流通コストの削減や脱税行為の防止など国内問題への対応が一義的な狙いだ。デジタル化しただけで国際通貨としての信認が高まるわけではなく、「デジタル人民元の基軸通貨化」という過度な脅威論は杞憂と考える。ただし、中銀デジタル通貨の技術標準を中国に先に握られることは、日本や各国にとって潜在的な脅威となる。国際協調の下で中銀デジタル通貨の技術標準を構築すべきだ。

■基軸通貨になりにくいデジタル人民元

 

ーー中国でデジタル人民元の実証実験が近く実施される見通しだ。日本はこうした動きにどう向き合っていくべきか。

近年のデジタル技術革新のスピードは目覚ましく、デジタルと親和性が高い金融を取り巻く環境も大きく変化している。デジタル技術によって金融機関以外にもさまざまな企業が多様な金融サービスを提供できるようになっており、中国のアリババ、テンセントといったプラットフォーマーは急成長を遂げている。日本政府はこうした潮流と向き合い、消費者保護やデジタル格差の是正にも取り組みながら、遅れていると指摘されるデジタル経済への対応を加速させることが重要だ。

ただ、デジタル人民元については、冷静に議論しなくてはいけない。中国当局者の説明では、中央銀行と銀行の間にデジタル人民元を流通させ、銀行が国民にデジタル人民元を流通させていく二層構造となるようだ。今年中に中国国内の二つの経済特区でデジタル人民元の実証実験が実施されるとの報道があるが、そもそもデジタル人民元を導入する主な狙いは、現金の流通コストを削減することのほか、マネー・ローンダリングや脱税行為を防止することなどにある。つまり、中国国内の問題に対応するために、現金をデジタル化する性格が強い。

人民元をデジタル化することで米国の金融覇権に挑戦するという見方もあるが、人民元がデジタル通貨になったからといって、米ドルに代わる基軸通貨になれるわけではないだろう。なぜなら、中国は資本流出に対して手厚い規制をかけており、さらにはあらゆる個人情報を国家が把握する監視社会という懸念もある。デジタル人民元が基軸通貨としての信認を得るには、まだハードルが高い。

資本流出の怖さは、2015年夏の大規模な資本流出に直面した中国当局者が誰よりも知っている。やはり彼らからすれば、国内体制の維持が何よりも優先されるべき事項だ。日本においては、デジタル人民元がアリペイのように広く流通し、海外でも利用されることで通貨主権が脅かされるという懸念もあるようだが、そうした懸念は早計だろう。

ただし、日本としては、デジタル通貨を支える技術の標準化を中国がリードすること自体、潜在的な脅威となり得ることを認識しておく必要がある。本来的には、日本がリーダーシップを発揮できる分野であり、日本銀行も最先端の研究をしている。すでに日銀は先進6カ国中銀の共同研究に参画することを発表しているが、中国が単独でデジタル通貨技術の標準化をリードするのではなく、主要国がこれまでの知見・成果を持ち寄って協力し、標準化を形成する方が国際的に見て健全な姿だ。

 

ーーデジタル人民元が実用化されることで、米中貿易戦争をはじめとする米中対立が一段と深まる懸念はないか

米中対立は近年激化しており、通商協議で第一段階の合意をしたからといって、対立が終わったわけではない。こうした中で、デジタル人民元が実証実験の開始によって発行の実現に一歩近づくことは、米中の対立を深めさせる火種となる可能性はあるだろう。

しかし、米中対立がこれ以上、熾烈になれば、世界経済はかつて戦争につながった経済ブロック化への道をたどり、戦争を引き起こすリスクが懸念されるような国際情勢になり得る。日本にとって自由貿易の衰退は死活問題であり、今後も世界が平和で安定的に繁栄することが極めて重要だ。デジタル経済時代を支える国際秩序、国際通貨体制の在り方や自由貿易体制を維持するために、今まで以上に日本は貢献していかなければいけない。

 

■デジタル円の実現には多様な課題への対応が必要

 

ーー各国共通のデジタル通貨やデジタル円の発行については、どう考えているか

共通デジタル通貨については、イングランド銀行のカーニー総裁が通貨バスケットをデジタルで作って、国際通貨として使うことを提案している。デジタル経済時代の国際通貨体制の在り方として、大変興味深く感じる。ただし、カーニー総裁が自ら言っているように、あくまで個人的なアイディアであり、米国はこのアイディアを支持していない。日銀が加わった先進6カ国中銀の共同研究でも、共通デジタル通貨の発行を視野に入れて研究を進めるものではないと明確に言っている。

デジタル円についても、発行の便益や既存の決済インフラを改善した場合との比較など、課題を明確にする必要がある。銀行預金とデジタル通貨はライバル関係になり得るが、その際、金融システムや銀行の金融仲介機能への影響はどうなるのか。金融危機が起きたときに、取り付け騒ぎを加速させるようなことにはならないのか。預金からデジタル通貨への振り替えが増えることで金融仲介機能が低下しないのか。それらを克服する手段はあるのか。あるいは、デジタル通貨の発行形態(トークン型・口座型)や付利の有無はどうあるべきか。サイバーリスクに実質的な対応ができるのか。こうしたさまざまな課題をより明確にすることで、デジタル通貨の将来像が見えてくるのではないだろうか。

もっとも、デジタル円発行ありきの議論よりも、まずは民間のキャッシュレス決済をより普及させることが重要だ。その上で、官民が協力して決済システムの将来像とデジタル円について対話を重ねていく必要がある。
(聞き手・本誌 厚治英一)